中川十のANZELたちの羽音(はおと)

 
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  遺体処置室の日常 連載G  子どもの死後処置は母のため 

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子どもの死後処置は母のため

死んで産まれた胎児。しかし母親にとってその子は厄介者だった。
 
目を離したすきに命を落とした息子。遺体が腐敗しても離さない母親。


 
 妊娠数か月の「この子」の場合

 いつものように病院から出動要請があり、中川 十(なかがわ みつる)は病院の手術室の前で待っていた。 すると、手術が終わって出てきた看護師から、「はい、この子をお願いします」と言って遺体を手渡された。

 通常、処置するべき遺体は、病室のベッドで寝かされているところに、中川が赴くのが普通だ。 ところが、「この子」は違った。完全防備の手術用ユニフォーム姿の看護師が、 大事そうに両手の上に乗せてきた「この子」を「はい」と言って、中川の両手に移したのである。

 中川も、それにつられて両手の掌を上に向けて受け取った。「この子」は、小動物の子どもかと思った。違う。人間の胎児だった。

 中川も初めて見る身体だった。

 掌にすっぽり収まるサイズだった。中川はしばらく凝視してしまった。顔の目鼻から、指の三つの関節まですべて出来上がっていた。 つぶってはいたが、目が大きい。映画「ET」の宇宙人に似ている。
 
どうやら男の子のようだ。おちんちんがちょこっと申し訳なさそうについていた。 中川は初めて見る胎児になにか神々しいものを感じたと言っている。決して人間には造ることができない、冒してはならないものという意味で。

 「え? 何か月?」と、聞いたのは、看護師がその場から離れようとしている時だった。
「もう堕(お)ろせる時期を過ぎちゃったんだよね」と一言だけ言った。男はだいたいこの辺の知識に疎いものだから、 五か月か六か月か分からなかったが、遺体処置をすることになった。

 そのほか、看護師から聞いたところによると、お母さんはさっき手術したばかりだから、今日は会えないので、明日引き取りに来るという。

 中川の点描的な記憶によれば、この子は中絶ではなく、早産で死んで産まれてきたのだと看護師から聞いたと言っていた。 帝王切開だったら、翌日に迎えにくることはできない。
 
いずれにしても、お母さんのショックは計り知れないものがあるだろう。 子どもを亡くして落ち込まない母親はいない。中川は、子供の遺体の処置をするときは、常に心掛けていることがある。 処置(ケア)すべきは子供の遺体よりも両親、特に母親なのだと。

 看護師は、特に何も考えずに、いつもの業務的な流れで、胎児の遺体を中川に預けたに違いない。

 しかし、中川の方からしてみれば、掌に収まってしまうような小さな体に施す処置はほとんどない。
口や鼻の中に綿を入れようとしても入らないし、意味がない。たとえ小さな内臓が腐敗を起こして、体の穴から出血があっても拭き取ってあげればいいのである。

 中川は、それでもできるだけの処置をして、体をアルコールできれいにしてあげた。

 それよりも肝心なのは棺である。明日我が子に会ったときに、お母さんの悲しみをできるだけやわらげるために、かわいい棺を作ってあげようと考えた。

 子供用の棺は確かに葬祭関係のメーカーでも売っている。中川は、成人の葬儀と同じく、業者から仕入れることもできたが、そこまでする必要はないと考えている。
町のファンシーショップにあるようなかわいい箱に、手作りでデコレーションするほうが心がこもる。

 中川は、遺体処置が終わったあと、町に行ってかわいい箱を買ってきた。お弁当箱のサイズで、ちょうどあの子がゆったりと寝られる。
 
次に、よくラッピングで使うふわふわした千切りされた紙で、ラメつきのキラキラしているのも買って、箱の底面に敷いた。敷布団がわりだ。 そのまま全裸のあの子を寝かすと、ちくちく痛いかなと思って、全身をチェックのハンカチでゆるやかにくるんであげた。バスローブのように大人っぽく見えた。
 
花がないと寂しい気がしたので、いつも行く花屋で直径一センチぐらいの洋花をたくさん買ってきて、箱の上部を顔だけ残し、小さい花でいっぱいにしてあげた。
 
 箱の中の小宇宙は、とても華やかなものになった。
 
 中川は、彼の顔を見た。
 
 明日火葬される顔である。
 
 彼はいつものように、遺体に話しかけていた。

 いままでに数万体の遺体処置をしてきた彼は、数多くの処置体験から、話しかける言葉は相手が死体であっても、必ず通じていると確信している。
 
「残念だったね。今度僕のお母さんになる人はこの女性かと思って、楽しみにしていたんだろう。 ここまですくすくと育って、体もちゃんとできて、あとは大きくなるだけだったんだよな。
 
でも、がっかりしちゃだめだ。また、このお母さんのおなかに戻ってくればいいんだから。その時は、お母さんにいっぱい抱っこしてもらいな。僕は君のお母さんがどんな人か知らないけれど、きっとやさしい人だと思うよ。だから、がっかりしちゃだめだ」と。

 中川は、小箱を遺体安置室の保管庫に入れて帰宅した。

 翌日、彼の両親が、「この子」を引き取りに来た。

 中川は、二人と対面した。

 同席した担当看護師は、いつものようにあまり詳しいことは教えてくれない。職務上当然なことだった。しかし、教えてくれなくても分かる。この二十歳代前半の二人は夫婦ではない。

 中川は、遺体安置所の保管庫から小箱を持ってきて、母親に渡した。
 
 しかし、受け取ったのは若い父親の方だった。
 
 そして、これ以上さわやかな笑顔はないだろうという笑顔で、明るく「ありがとうございました」と言った。その笑顔によってできた二つのえくぼが、中川の記憶の中に深く刻まれた。

 若い母親の方は、特になんの動作もなかった。ただ、ニヤッと笑っただけだった。
 二人は、玄関先で宅配便の荷物を受け取る住人のように、短時間で受け取りを済ませ、火葬場に向かっていった。

 中川は沈黙していたが、いつも教えてくれない担当の看護師が、雰囲気を察知して珍しく昨夜の手術の状況を明かしてくれた。
 
「実はね、産まれても助けないでくれって言ってたの」
 
「え? 誰が?」
 
「あの女の子」
 
 彼女は言葉をつづけた。
「ドクターがそんなことはできないって説得して、いつまでもやりとりをしていたんだけど、結局産まれたら死んでたの。だから都合良かったんじゃないの?」

 あの、不気味なほほえみは、厄介者が死んでくれてよかったという安堵の表情であったのか、と中川は合点した

 中川は時計を見た。あの子の火葬予約時間まで、まだ一時間あるので、それまで心の中で話しかけてあげようと思った。

 
 生後一歳半の男の子の場合

 ある夏の日、知り合いの葬儀社から連絡を受けて、その家に行ったのは確か午前中だったと記憶している。

 遺体は、一歳半の男の子であった。
 彼は午前中、ふとんにあおむけで寝ていた。母親が台所で作業をしているほんのわずかの間に、彼は寝返りを打ってうつぶせになった。それが原因で窒息死したのだった。

 警察が来て、遺体を検視したが、事件性なしと判定されて帰って行った。

 中川が到着した時は、寝かされた遺体のそばに、母親が正座して彼を見つめていた。 先にいた葬儀社の知り合いが中川を紹介し、息子さんの死後処置をするために呼んだことを夫婦に告げた。

 中川が自己紹介したが、お母さんは振り返りもしなかった。それどころか、中川が男の子の遺体に近づいた途端に、彼女の態度は豹変し、錯乱状態に陥った。そして、「触らないで!」と叫び中川の接近を拒否した。

 ワーワー泣いたり、大声で叫んだり、わが子に覆いかぶさったり、ひどく取り乱し続けた。特に、自分が目を離したのが原因で、この子を殺してしまったと詫びる部分になると、一層激しく泣いた。

 そして、身長80センチぐらいある男の子の体を抱いて、離さなくなった。かわいそうで抱いているというよりも、外部の侵入者たちからこの子を取られまいとして離さない、そんな感じの抱き方だった。

 正座をしながら左手は彼の背中に回して、右手はおなかを通って腰の左側に巻き付き、自分の顔を彼の顔に寄せた。しかし、一人息子の彼の頭は、だらんと後ろにぶら下がり、窒息した口と鼻のあたりの死斑が見えた。

 フード付きのオーバーオールを着ていることから、体温が温存されて、腐敗が通常より早く進むことが予想された。こういう時は一刻も早く薄着にして体温を下げ、腐敗を遅らせるのが良いが、今は近づける状態ではない。

 隣の台所に旦那さん、葬儀社、中川の男性三名がテーブルに座って、話し合った。
 
 このまま処置せずにいると、お母さんの体温が息子さんに伝導し、さらに腐敗を進めてしまうこと、せめてふとんの上に寝かせてほしいと旦那さんに頼んだ。旦那さんは奥さんのそばに行き、説得したが拒否されて帰ってきた。こんなことが何回か続いた。もう一時間半も経っている。

 「もう今日はこのままにして、引き揚げましょう」と言ったのは、中川本人だった。葬儀社は難色を示したが、結局引き上げることになった。


 さすがに、翌日の夕方になれば、収まっているだろうと思って、中川は当家に行った。昨日の訪問時間から約三十時間が経過していた。
 
 否、その考えは甘かった。

 お母さんは依然、そのままの状態で、息子さんを抱っこしていた。中川は、恐怖に近い母親の習性を実感した。 彼女の髪はロングヘアで、その黒髪が扇形になって上半身を黒く覆っていた。
 
正座はすこし右側にくずしてはいたものの、左手は彼の背中、右手を彼のおなかに置いていた。男の子の頭が昨日のようにだらんと後ろにぶら下がっているので、 顔を覗き込むと、腐敗が進んでいるのが見て取れた。この約三十時間で、彼の顔は赤黒いまだら模様になっていたのだ。すでに腐敗臭もある。

 旦那さんによると、一睡もせず一晩中この姿勢を保ったまま朝を迎えたという。おそらくトイレにも行っていないのではないかとのことだった。

 表現は悪いが、「よく母猿が、死んだ子猿の死骸を離さないで、いつまでも抱えている映像を見たことがある」と中川が言った。この母親は、たぶん火葬もさせないのではないか。
遺体が腐敗ガスによってパンパンに膨れ上がっても、穴という穴から液体が漏れだして、畳が赤黒く染まっても、このままかもしれない。

 一歳半の愛児はさぞかし可愛かったことだろう。「パパ」とか「ママ」とか言い出して、室内をよちよち歩いていたずらを始めて、 こぼしながらでも自分のスプーンで飲食を始める。その子が自分が目を離したすきに命を落とした。きっとそれは母親のせいではない。 ましてや一歳半にもなってうつぶせで窒息するはずはない。しかし、彼女は自責の念から今は錯乱していた。

 昨日、中川がお母さんに、「処置しないと腐敗してしまう」と口を滑らしたら、彼女は「腐っちゃいけないわけ?」と急に怒り出した。 母親にとってわが子に対する愛情は、腐ろうが腐るまいが関係ない、家じゅうが腐敗臭で充満しても、よしんば骸骨になってもかわいい息子は息子なのであった。

 中川は、そこまで自分の子を愛することができるのかと考えた。いままで、自分は自分の仕事のことしか考えていなかった。遺体の処置が一番ではなくて、 母親の悲しみをなんとかするのが処置ではないのか。息子さんの遺体を処置のために取り上げても、そこには憎悪しか残らない。 大切なのは遺体の処置ではない。母親の心のケアだと思った。

 中川は、意を決して母親に頭を下げて言った。

「お母さん、私もう処置はやめます」。
「処置はやりませんけど、この二日間、お母さんの腕の中にいたので、一緒に顔や体をふいてあげたり、おむつを替えたりしてきれいにしてあげましょう。 きれいにしてあげれば息子さんも喜ぶだろうし、もっと抱っこしてあげられると思いますよ」と言った。

 そして、「清浄綿(せいじょうめん)」という殺菌性のある専用のウェットティッシュを渡そうと、中川は手を伸ばした。

 そうすると、お母さんの手が動いて、その清浄綿を受け取って、顔とか首などをふき始めたのである。
 
「そう、そこ。そこも拭いてあげてください。次は、そこ。」と、中川は拭いてもらいたい部位を指さして、徐々に服を脱がしてもらった。 この時、露出した下半身を初めて見ることができた。
案の定、母親の右手を置いていた部分が帯状に赤く変色していた。母親の体温で温められて帯状に腐敗が進んでいたのである。

 おむつも交換できた。器用なことに、彼女は自分のふとももの上で、右手だけで息子の衣服を脱がし、おむつを交換したのである。 途中、汚物の残りの拭き取りを手伝おうと思って中川が手を出したら、
「やめて!」と言われて、その手を引っ込めた。

 自分の子どもを守ろうとする本能に、彼は殺気に近いものを感じた。
 
 鳥類のキジは、自分の子どもを守るために、外敵がきても絶対に逃げない習性があるという。 筆者は以前、夏草を刈払機で刈っていた時、円形の鋭い刃を扇状に左右に振りながら前進していた。 すると、刈った草の中に、逃げなかった親鳥がいたのを発見した。親キジは刃で胸元を切られていて、鳴く子キジたちのそばで息絶えていたのである。

 火葬場での様子は、かの葬儀社の知り合いから聞いた。棺が釜に入ってからも、母親は鉄の扉を叩いて暴れたという。 親族らに強引に拉致されて別室に隔離されたが、まだ錯乱は収まらなかったらしい。この騒ぎのために次からの遺体の火葬が遅れ、 その遺族達からクレームが寄せられたという。

 しかし、唯一の救いは、自分の息子が骨になった途端に落ち着きを取り戻し、錯乱状態が収まったことである。


 (文 コバヤシ カミュ)
 
(これは、中川氏へのインタビューをもとに、コバヤシ カミュが物語風に書いたものです)



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